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神戸地方裁判所 昭和33年(ヨ)34号 判決

申請人 佐藤信男

被申請人 株式会社田中鉄工所

主文

被申請人が昭和三十三年一月十七日申請人に対して堺市所在の工事現場に配置換えを命じた意思表示の効力は本案判決が確定するまで仮に停止する。

被申請人は申請人に対し、本案判決が確定するまで仮に、昭和三十三年一月十九日以降同年七月末日まで一ケ月金一万三千円の割合を以て算出した金員並に同年九月以降毎月十日金一万三千円ずつを支払うことを命ずる。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

一、申請人代理人は『被申請人は申請人に対し昭和三十三年一月十七日なした転勤を命じた意思表示の効力は生じなかつたものとして申請人を取扱え。被申請人は申請人に対し昭和三十三年一月十九日以降毎月十日限り一ケ月金一万九千円の割合による金員を仮に支払うことを命ずる。訴訟費用は被申請人の負担とする。』との仮処分命令を求め、

二、その理由として、

(1)  被申請人会社は神戸市兵庫区和田崎町所在申請外新三菱重工業株式会社神戸造船所内において造船工事下請業を営み、申請人は被申請人会社に雇われて昭和三十二年四月六日以降瓦斯工として右造船所において働いているものであつて、入社以来大阪市西成区南津守町西七丁目に居住して前記作業現場に通勤していたが、遠距離通勤の不便さからかねて神戸市内に転居することを希望していたところ、昭和三十三年一月十三日ようやくにして同市内の肩書地に移転することを得た。

(2)  ところで申請人の就労現場たる神戸造船所ガス部門の従業員の間に昭和三十二年十一月頃以来労働組合結成の要望が起り賛同者の署名を集めたが、年末が近づくと共に労働組合結成の運動は暫く越年資金要求運動に切替えようとの気運に向つた折柄偶々同造船所電気熔接関係従業員間にも越年資金要求の要望があつたので、申請人等瓦斯部門従業員も電気関係従業員に合流して越年資金要求の運動を展開することになり、各部門から代表者を選出することになり、瓦斯関係従業員の間からは申請人及び破魔豊候両名が選出され、代表者等は同年十二月九日集会協議の結果日給十五日分を要求する旨決定した。ところが右要求に対し被申請人会社は何等の回答をしないままに、被申請人会社々長との交渉に当つた右代表の一人たる申請外小倉国男に対し同月二十五日突如として休職を命じ、これがため従業員等の前記運動は腰くだけとなり有耶無耶の中に一方的に前年より少額の金員の支給を受けるに止つたのである。更に昭和三十三年一月九日朝配布せられた前記小倉国男名義の『社外工の皆さん聞いて下さい田中鉄工のやり方について』と題するビラに関し、同日正午被申請人会社は全従業員を集めて右ビラの内容事項を肯定しその趣意に賛同するや否を問い、その意思を記名投票によつて表明すべく要求したので、申請人は記名の方式では真実の意思の表明が不能なることを理由として被申請人会社の右申出を争つたが、やがて昼食時の休憩時間が経過し就業のサイレンのため遂に被申請人会社側の前記申出は坐折せしめられるに至つたが、被申請人会社は就業時間中尚も従業員に署名を求めたので、申請人は此の件は既に未決定に終つたものでありしかも職制を介して個別的に署名を求めたのでは自由な意思の表明は不可能であることを述べて反対したところ、会社側は前記ビラに他の従業員が共謀していない事実を新三菱重工業株式会社の保安係に報告するためにすぎないと弁解して署名を求めるので、申請人も之に応じた次第である。しかし被申請人会社はこれより先前記越年資金要求に付電気部門の代表者小倉国男に休職を命じ更に昭和三十三年一月六日附を以て瓦斯部門の代表者の一人に選出された破魔に対し日本鋼管株式会社より請負つた堺市における配管工事現場に転勤を命じたにも拘らず、申請人が前記ビラ問題に関し尚被申請人会社の意図を妨害し従来の考え方を抛棄していないことを知るや島流しに処する趣旨のもとに同年一月十七日午後三時頃申請人を呼出し前記堺市内の工事現場に転勤を命じたので、申請人は冒頭主張の如くその直前の同月十三日神戸市内に転居したこと、右転居に際し権利金二万円及その他相当額の費用を要したこと、並に従業員中他にも大阪府下在住者のあること、殊に堺市に現住する者があることを理由に右転勤に応じ難いことを述べて会社側の飜意を求めたが、被申請人会社は申請人の神戸市内への転居に付未だ届出なく、最早再考の余地なしとして当日の残業及爾後における神戸造船所内における申請人の就業を禁止するに至つた。なる程申請人は当時未だ被申請人会社に対し正式に前記転居を届出てはいなかつたが同僚にはその旨話していたのであるから事実上は被申請人会社も既に転居は承知していた筈であるし、しかも神戸市内の住居より堺市内の作業現場に通勤するためには毎日午前五時に起床する必要あり、残業をすれば帰宅は夜十二時過頃ともなるのである。以上述べた諸般の事実を総合すれば前記転勤命令は不当労働行為として無効なること明である。そして申請人の平均賃金は一ケ月税差引金一万九千円であつて、被申請人会社においては賃金は毎月十日に前月一日以降同月末迄分の支払をなす定めである。

(3)  そこで申請人は被申請人会社に対し右転勤命令無効確認並びに賃金支払請求の本訴を提起せんとするのであるが、若し被申請人会社の賃金不払が継続するときは既に前記転居のため貯金の全額を支出し尽し、しかも毎月香川県下の郷里において七反余を耕作している両親弟妹に賃金中より生活費を送金しなければならない申請人は利底本案判決に至る迄の間の生活を維持する資力なく、結局本案判決を待たずして前記不当違法なる転勤命令を受諾するの止むなきに至るべき状況にあるので、申請趣旨同旨の仮処分命令を求めると述べ、

三、被申請人会社の主張に対して、

(1)  堺市における工事現場においては監督的な任務も作業もなく従業員はすべて雑役的な労働に服せしめられるのみならず、神戸造船所における就業の場合に比し収入も減少を来すのである。仮に経済的収益において神戸造船所に就業する場合に比し増加を来すことありとしても勤労者は決して単に金銭収得の目的のためのみに労働するものでなく、特殊の技能を有する労働者が正当の理由なくその技能を活かす途なき雑役的な仕事に配置就業せしめられることは人間的屈辱として堪え難きところであるから堺市の前記工事に就業することが申請人に何等不利益を与えるものでないということはできない。

(2)  次に被申請人主張の如く堺における請負工事が昭和三十三年一月末日までに完成する契約であり、申請人に対する堺における就業命令が転勤でなく臨時の出張勤務にすぎないものであるならば、申請人に対し一旦は就業場所を堺市に転ずべきことを命じても申請人がこれが承諾を拒み、且当時既に神戸市内に居住することの明となつた以上は敢て申請人の意に反してまで之を強行し、そのため紛争を生ずる如きは努めて避け、他の大阪市内居住の従業員を以て代える措置を採ることこそ合理的にして合目的的な労務管理というべきであるのに、他の従業員代置の方法を講じなかつたこと、堺の現場における作業が前記の如く何等監督的な立場に就くものでなく雑役的な労働に服せしめられるものであること、被申請人会社主張の如く堺の工事現場に自動車運転免許を有する者を必要とするならば、申請人に先立ち既に昭和三十三年一月八日破魔豊候を神戸造船所より堺の現場に転ぜしめた機会に同時に申請人に対しても堺行きを命ずべきであつたと考えられること、経済不況による経営合理化の必要があるならば申請人の如き勤務成績良好の者をこそ神戸造船所に就業せしむべきこと、等を考えれば、被申請人会社の真意は申請人が労働組合結成の動きを示し、越年資金要求に付代表者を選任し更には小倉国男の配布したビラの記載に関し同人支持の態度を明にしたことにより、昭和三十二年下半期以降神戸造船所における請負工事量が漸減し、同年々末以来相当数の従業員の解雇が行われる情勢裡に、申請人が同造船所に引続き留まるときは折角一応沈静したかに見える従業員が再起する虞ありとして申請人を同造船所より排除せんとするに至つたことが自ら明である。被申請人会社は昭和三十二年末の越年資金に関し従業員間に何等不満なく、平穏裡に越年したというが、会社側の利益代表者たる沖富雄さえ右越年資金要求の代表者会議に参加して十五日分の要求に賛成していることを考えれば、従業員中にその支給額に関し不平が存しないのではなく、労働組合が存せず組合結成に運動した小倉国男が休職を命ぜられたため右不平、不満が表面化するに至らないだけである。

(3)  更に不当労働行為の成否の点については、不当労働行為は未組織の勤労者が新に労働組合を結成しようとした場合、これを理由として不利益な取扱をした場合においても成立するのであつて、労働組合未組織の間においては勤労者の個々的活動にすぎずこれに対する使用者の干渉妨害は未だ不当労働行為を構成しないとするならば、御用組合ならざる組合の結成は事実上殆ど不可能となる外はない。また未組織の労働者と雖も既にその間自ら労働団体として観念せらるべき程度のまとまりを形成し、賃金、労働条件等に関し使用者と交渉することを目的として、代表者を選び、或は委員会を設ける程度に達していれば、勤労者のこれらの行動を理由とする不利益な取扱は亦不当労働行為を構成するものであるから、神戸造船所の従業員の一部が通常組合が行うべき活動を臨時的に行つた本件においても右活動を理由としてこれに関与した申請人に対し不利益な取扱をなすことにより不当労働行為が成立するといわねばならない。

(4)  又平均賃金の百分の六十以上の請求に付、被申請人会社援用の労働基準法(以下単に労基法と略称する)第二十六条はその請求の当否を決すべき根拠とならず、右規定は使用者の責に帰すべき事由による休業の場合に関し、しかも右事由は違法ならざる事由のみを意味するものと解すべきところ、本件申請人の休業は被申請人会社の違法な転勤命令によること前主張の通りであるから到底本件の場合に適用さるべきものでなく、申請人は全額の請求権を有するものであると答えた。

四、疎明〈省略〉

五、被申請人代理人は『申請人の本件仮処分命令申請を却下する』との判決を求め、

六、答弁として、

(1)  申請人の主張事実中被申請人会社の業務が申請人主張の内容を有すること、申請人がその主張の日に被申請人会社に雇われその主張の作業現場で瓦斯工として就業していたこと、被申請人会社が申請人に対しその主張の日に堺市における請負配管工事現場における勤務を命じたこと、申請人が大阪市西成区津守町西七丁目に下宿し同所より神戸市和田崎町所在の作業場に通勤していたこと、申請人が被申請人会社に対し神戸市に転居するに付金二万円の権利金と相当額の費用を支出した旨述べたこと、申請人が被申請人会社に対し神戸市内に転居の届出をなしていないこと、訴外小倉国男が申請人主張の如く被申請人会社々長と交渉したこと、昭和三十二年十二月二十五日右小倉に対し休職を命じたこと、小倉が申請人主張の様なビラを配布したこと、訴外破魔豊候が昭和三十三年一月六日以降日本鋼管株式会社注文の工事現場に勤務していること、並に申請人の賃金額及び被申請人会社の給料支払方法が申請人主張の如きものであることは何れも之を認め、その余はすべて争う。申請人は何等組合活動をなしたことはなく、申請人主張の様な行動は何等正当な組合活動若くは組合結成のための行為となるものではない。仮に申請人が右の様な行動に関与して居たとしても被申請人会社はその事実を全く了知しなかつたのであつて、申請人の斯る行動を理由として之に対し不利益な取扱として前記配置転換を命じたものではないから申請人の配置転換を以て不当労働行為となすことはできない。又配置転換による新なる就労場所たる前記堺の現場に就業することにより申請人は何等の不利益を蒙ることなく、又被申請人会社が申請人に不利益を与えようとの意図に出たものでもないから此の点においても右配置転換を以て不当労働行為を構成するものとなし得ないこと明である。

(2)  即ち之を詳論すれば、先ず申請人がこれまで組合結成の活動をなしていない点に付ては、日本労働組合総同盟神船下請合同労働組合規約第五条に依れば、同組合は下請業者常傭工等を以て組織することになつており、同第二十三条以下の支部に関する規定によれば、同組合支部は右組合規約と別個に独立の規約制定を許されず、右組合の統制に服し支部独自の意思決定もなさず、且支部独自の会計を有しないものと定められているから、支部それ自体としては社団たる実体を具えないものといわねばならず、被申請人会社の従業員は唯既存の右組合に加入する途のみが残されているのであるから申請人主張の労働組合結成のため署名を蒐集するが如きはあり得ないところであつて、組合結成運動をなしたことを理由とする被申請人会社の申請人に対する不当労働行為成立の余地はない。

(3)  又申請人主張の越年資金要求も組合活動に該るものではない。即ち右要求は職長山本康身、同治利栄、同井並等を加えた各職場代表者と称される者約十名に申請外沖富雄をも加えた者によりなされたものであるところ、沖富雄は被申請人会社神戸出張所の長であつて、労働組合法第二条第一号に所謂使用者の利益を代表する者に該当し、労務管理若くは人事管理を担当する者であり、前記職長は監督的地位に在つて前記沖の補助者たる者であるから、斯る者を含めてなされた前記越年資金要求は法外組合又は自主性なき御用組合たるべき者によつてなされたものとして法律上組合活動と目するを得ないし、况や被申請人会社従業員間には末だ組合が結成されていない以上右越年資金要求を以て労働組合法第七条第一号所定の労働組合の活動となすに由なく、また右要求の母胎は夜勤者を除き昼勤者のみを以て構成されたものにすぎないから未だ団結というに至らず此の点よりするも右要求を以て法律上組合活動となすを得ないから斯る活動を原因とする不当労働行為成立の可能性はないものといわねばならない。仮に申請人がその主張の如き行動に関与したことがあるとしても、被申請人会社は、申請人及び破魔からは越年資金の要求を受けたこと、従て同人等に対し被申請人会社が何分の回答を発したこともなく、唯全従業員代表として、沖富雄から例年支給している年末酒肴料名義の金員支給方の交渉を受けたことがあるにすぎないのであつて、右越年資金要求は法律上労働組合の結成とは何等の関連を有しないものである。尤も昭和三十二年十二月二十二日申請外小倉国男が被申請人会社代表者に対し越年資金支給に関し交渉をなしたことがあることは之を認めるがそれは同人の個人的判断に基く行動であつて、小倉に全従業員を代表すべき権限はないから小倉の右交渉行為は組合結成とは無関係な行為というべきであり、被申請人会社代表者もその際支給額に付回答することを拒否したのである。そして右越年資金要求に代表者となつた沖富雄又は之に関与した各職場代表者に対し解雇その他特段の取扱をしていないことに徹すれば、被申請人会社において申請人に対する不利益な取扱の意図のなかつたこと明である。又仮に右越年資金要求が組合活動に該当するとしても、就業時間中になされたものであるから正当な組合活動にあらざるものとして法律上保護に値しない。又申請人がその主張の如く労働組合結成の気運に乗じて署名を集めたことがあるとしても、当時申請人は遠く大阪市内に居住していたことを考え合せれば右署名募集の如きはおそらく作業時間中になされたものと推認されるから適法正当な組合活動として労働組合法による保護を受け得ないものである。

(4)  次に訴外小倉が配布したビラに関し申請人がその趣旨に賛意を表すべき発言をしたとしてもかかる発言は未だ労働組合が組織されていない以上申請人単独の個人的行為にすぎず通常組合の行うべき活動を臨時的に行つたものとすることはできないし、右ビラに関する賛否の意思表示方法として申請人自身も任意反対の署名をしたのであり、又このことに関し小倉と共謀した事実はないのであるから、もとより前記配置転換と因果関係のあるものでなく、むしろ被申請人会社としては申請人は右署名に依り会社に協力するの態度を示したものと解していたのであつて、申請人に対し報復措置を講すべき何等の理由はない。このことは当時右署名をなさつた十二名の従業員に対してもその内の一名である訴外今中一郎を堺市に配置転換したほか他の十一人に対しては何等の特異の取扱をしていないことによつても明である。小倉国男に対する休職命令は同人が肺結核に罹患しているため専らその療養を全うせしめんとの配慮に出たものである。従て従業員多数は小倉に対する休職命令を以て従業員の団結権を侵害するものとは解していないのであつて、此の事実は同年十二月二十五日小倉の疾病を嫌忌し全従業員が自発的にハウス内を消毒した事実に徴しても明なところである。

(5)  次に堺市内の工事場への配置転換が申請人に対する不利益取扱の意図に出たものでなく、又現に申請人に対し何等の不利益を与うるものでない所以を詳論するに、被申請人会社は昭和三十年十月七日設立せられた大阪市福島区上福島町三丁目七十三番地の七に本店を設け、造船、造機の組立、熔接、切断並に陸上建設用機器の製作及建設工事の請負営業を目的とする資本の額金五十万円の株式会社であつて、設立当初より引続き神戸市兵庫区和田崎町所在新三菱重工業株式会社神戸造船所における建造船の船体の電気熔接、ガス切断、等の工業を請負い又昭和三十二年十一月十一日以降日本鋼管株式会社鶴見造船所から堺市内における出島線瓦斯配管工事を請負つているのであるが、その仕事の施行に当つては各作業現場に従業員を派遣就業せしめることになるのであつて、常にその時の状況に応じ各現場の仕事の量、種類、性質に従い従業員の技能、経験、勤務成績を勘案して機動的に配置を定めなければならない。従つて個々の従業員が時に応じてその就業場所の転換を命ぜられることは被申請人会社の上記の如き営業の態容から当然予想せられ、本来の必要に基くものであつて基本的雇傭条件の一ともいうべきことである。ところで昭和三十二年度に入つてからは右神戸造船所における仕事受注量は漸減の傾向を示し相当数の従業員を解雇したため堺市における工事に派遣すべき従業員に不足を来すに至つたが、該工事の内容は瓦斯管五千五百米を三工区に分ち、昭和三十三年一月末日迄に完成すべき契約であつてその所要人員は一工区に付瓦斯工一名、外二名を要し、且毎日各工事現場に工事所要のホース、電線、ハンマー等の機械工具等を運搬しなければならないのであるが、申請人は瓦斯工の技能者である上に総従業員中唯一の自動車運転免許証を有するもので前記運搬作業に従事するにも適しているのと、本人自らかねて遠隔地への出張工事派遣を希望していたことでもあるので、新作業場における経験を得ることにより昇進に有利である点等を考慮して昭和三十二年一月十七日申請人に対し堺に出張勤務すべき旨命じた。之に対し申請人は右出張勤務に応ずることを渋るのであるがその理由として主張する事実の中、申請人が神戸市内に転居するに際して支出した権利金と同額を更に支払わねばならぬ不利益を蒙るとの点については斯る不合理な契約条件が真実であるは到底解し難く、又その理由の一として主張する通勤の不便に関しては既に同月八日申請人に対し大阪市内の前記居所から神戸造船所迄の通勤に要する一ケ月分定期乗車券(金額にすれば二千五十円に相当する)を支給交付したが、その際申請人は神戸市内に転居した事実を申出ず、転居したことを黙秘したまま右定期券を受領しているのであつて、被申請人会社としては申請人の右転居を知るに由ないところであつたから通勤の不便が被申請人会社の故意に出たものとなすのは当らず、更にまた右配置転換に際し被申請人会社は申請人の基本給の額を変更しなかつたのであるからこれによつて給与を減ずる結果にならない。

なお堺の工事現場は、神戸から二時間程度の通勤距離であり、しかもその始業時刻は神戸の造船所より三十分遅いのであるから、申請人の主張する通勤の不便もさして問題にするには足りない。之を要するに前記堺市における工事が全長五千五百米に及ぶ広汎な現場であつて作業監督困難のため勤務成績良好な申請人を之に配置するを適当と認め、且申請人自身に就て見れば堺の工事場に配置されることにより賃金の減少することもなくむしろ残業の機会も多いため収入は増加する実情にあり、通勤に要する費用も全額被申請人会社が負担支給するものであり、他面造船所における作業のみならず堺の現場における様な瓦斯配管工事に就ても経験を積むことは将来昇進の途を開くことにもなるのであつて右配置転換は申請人に対し何等の不利益を及ぼすものでない。仮に申請人側に存する個人的事情に依り右配置転換が申請人に何等かの苦痛を与えることがあるとしても被申請人会社の前記営業の態容に照らし遽に正当に配置転換を拒否することはできない。しかも神戸造船所における就業者は仕事量減少に困り給与額低下し、そのため退職者が多くなつているのであつて、以上を総合すれば、申請人に対する右配置転換が同人に対する不利益な取扱ともならず、また不利益な取扱をなす意図に出たものでないことも亦明なるを知るべきである。尚前記破魔豊候は神戸造船所においては雑役に就業していたもので、瓦斯、電気共にその技能を有しないところ既に年齢も四十五才に達している点を考慮して危険を伴う造船所の作業場より比較的楽な現場に移すのを適当と認めて堺市に出張勤務を命じたものであるが、配置転換以来その給与総額は従前に比して増加しているのである。

(6) 飜つて被申請人会社の従前の対労働関係上の態度を観るに何等反組合的言動をなした事例はない。即ち新三菱重工業株式会社及その下請業者の従業員間には既に労働組合が結成されているのであつて、今更被申請人会社のみ労働組合の結成を嫌忌し之を阻止すべき理由はないのである。そして昭和三十二年々末においても現に潔く越年資金を給与し、加之その支給額に付従業員中何分の不満反対の声をあるを聞かず平穏裡に越年したのである。蓋し神戸造船所における他の同業者に比し支給額が多かつたからである。

(7) 仮に申請人に対する前記配置転換が不当労働行為に該るとしても申請人は堺の現場に就業すれば経済上は何等の損失はなく就業しながらでも本件申請をなすことは可能であるに拘らず自ら就労を拒否しているものであるから平均賃金の支払を求める仮処分は必要性を欠くと謂うべく、仮に然らずとするも労基法第二十六条により申請人は平均賃金の百分の六十以上を請求することはできない。

(8) 以上いずれの点よりするも申請人の本件仮処分申請はその理由なく却下せらるべきものであると述べた。

七、疎明〈省略〉

理由

一、申請人は大阪市に本社を有し神戸市兵庫区和田崎町所在訴外新三菱重工業株式会社神戸造船所(以下単に神戸造船所と略称する)内に出張所を置いて新造船の組立、電気熔接、ガス熔接等の造船工事の下請業を営む被申請人会社(以下単に会社と略称することもある。)に雇われ昭和三十二年四月六日以降神戸造船所において瓦斯工として就業していたが、昭和三十三年一月十七日会社から同会社が日本鋼管株式会社鶴見造船所から請負つて施行中の堺市における瓦斯管敷設工事現場に移転就業すべき旨命ぜられたことは当事者間に争がない。

二、(1) そこで申請人の右就業場所の変更により申請人が経済上生活上何等かの不利益を蒙るか否かに付考えるのに、証人藤岡布理彦の証言(但し後記措信しない部分を除く)によれば申請人の神戸造船所就業当時における最終の基本給額は一日金五百八十円と定められて居たが右基本給額は前記就業場所の変更に伴い減額されたことなく従前の額に据置かれたことが疎明せられ、また右証言及被申請人会社代表者本人訊問の結果並に成立に争ない検乙第四乃至第六号証、右証言及び本人訊問の結果により真正に成立したものと認められる乙第三号証を総合すれば、前記堺市の瓦斯工事は一日一人当の仕事量が多く残業の機会も多くその他休日出勤も必要なため残業等による諸手当の増加により総収入額は基本給を超えて増加すべきこと、神戸造船所に就業する場合と同様堺市において就業する従業員に対しても通勤に要すべき費用は全額会社の負担として会社より定期乗車券を購入支給されることが疎明せられるところ、前顕証言及本人訊問の結果に、成立に争ない乙第八乃至第十号証、同第十八、同第十九号証並に証人今中一郎、沖富雄、及び出口義則の各証言(但し第十八、第十九号証の後記信用しない供述記載部分並に証人沖富雄及び出口義則の各証言中各後記信用しない部分を除く)を総合すれば、海運市況の悪化に伴い昭和三十二年度下半期以降造船事業は頽勢の一途を辿り、国内全般的に新造船の受注高が減少して来たが、神戸造船所においても景気衰退は例外ではなく同造船所における被申請人会社等下請業者の受注工事量は漸減し同年々末頃から残業も激減して来たので、特に賃金出来高払制をとつていた職種にあつては直に手取収入額の減少を来し他に有利な職を求めて退職する者が相続き昭和三十二年々末以降昭和三十三年三月頃までの間に約二十名にも達した有様であつて被申請人会社としても経営維持のためには従来の様に造船下請業にのみその経営の重点をおくわけにゆかず、陸上工事にも進出しなければならない情勢にあり、前記堺市における瓦斯配管工事を手始めに引続き大阪市内及び尼崎市附近における陸上配管工事を請負つてその神戸造船所に派遣している従業員の配置転換を行うべく、更に進んでは解雇による人員整理の必要を予測せられる事態に在り、会社側も昭和三十三年度始業に際して右事態を明にして神戸造船所における従業員に協力と理解を要望せざるを得なかつたことが疎明せられるのであつて、神戸造船所における右業務の状態、趨勢を考えれば同造船所における就業の方が前記堺市における工事に従事する場合に比較して賃金収入上明に有利であるとは認められないから、申請人の前記配置の変更を以て経済的収入の面において不利益な取扱をなしたものということはできない。

(2) そして成立に争ない検乙第四乃至第七号証、前顕乙第三号証及び証人藤岡布理彦の証言に依れば、前記堺市における請負工事の作業は瓦斯を通ずべき鋼管を瓦斯切断又は瓦斯熔接して地中に埋設することをその主たる内容とするものであり、右作業の中地中に埋設するに際しては鋼管の接目にピツチで粘板を巻着け、ムシロで包み、更にその表面を簀子で巻いて外装する作業をなすのであつて、これには格別の技能を要せず一般に雑役という内に含まれる性質のものであるが、鋼管の瓦斯切断、熔接には可成り高度の瓦斯工としての技能と経験と熟練とを要する作業であり、更に昭和三十三年一月に入つてからは作業能率の観点から右請負工事の全区間を従前一工区としていたのを二工区に増加することになつたが、各工区毎に夫々一名の瓦斯工を配置する必要があり、且毎日の作業開始に当りその都度長大な工事区間に散在する作業現場に所要機械器具類をトラツクで運搬配置しなければならないのであつて、自動車運転免許証を有する者の不足から堺市の工事現場の総監督たる須藤某が自ら毎朝自動車を運転して右器具等の運搬に当らねばならない状況で作業遂行上不便を免れなかつたことが疏明せられるが、一般に電気、瓦斯の熔接等特殊の技能を有する勤労者は就労に当つてその習得せる技能を十分に発揮し得るべき作業に配置せられるに付主観的利益を有し、その有する技能を十分に活用することが先ず当該勤労者の主観的満足を充足する所以であつて勤労者の正当に期待し得べき斯様な主観的満足は矢張り労働関係上の保護法益たるに値する価値と目すべきものであつて、従前その有する能技に応じて特定の技術的作業に従事せしめて来た勤労者を特段の事由もなく、何等特別の技能を要しない雑役務に従事せしめる如きは之を以て不利益な待遇というべきところ、証人今中一郎の証言に依れば、従前神戸造船所において電気熔接工として従業していた今中一郎が昭和三十三年一月同造船所を去つて前記堺の工事に従業すべき旨命ぜられ、約一ケ月間堺において瓦斯管配管工事に従つたところその間同人は殆どその有する電気熔接工としての技術を要すべき作業を与えられず、専ら土工又は一般雑役工を以て足るべき前記瓦斯管埋設作業に従事せしめられたに過ぎなかつたことが疎明せられ、又成立に争ない甲第三号証によれば、昭和三十三年一月初従前の就業場所たる神戸造船所より堺市における前記工事場に移転を命ぜられた破魔豊候も堺において専ら雑役に従事したことが疎明せられると雖も、之を申請人の場合に付て観るに、証人藤岡布理彦の証言及び申請人本人訊問の結果によれば、申請人は昭和三十三年一月十七日藤岡布理彦を通じて前記堺市所在の工事現場に勤務すべきことを命ぜられ、翌十八月大阪市所在の被申請人会社の本社に出頭し、同日正午近くになつて堺市の現場に案内せられたが同月十九日以降は引続き欠勤して全く就業していないことが認められるのであるから、この様な状態の下においては申請人に付ては未だその新に勤務を命ぜられた堺市における前記工事に付、現にその瓦斯工としての技能若くは自動車運転免許証受有者たるの技術を無視した作業に従事せしめられるの不利益を受けたものとなすに由なく、むしろ検乙第四乃至第七号証、被申請人会社代表者本人訊問の結果によれば申請人の有する右の様な技能に適した作業に従事せしむべく予定されていたものと一応認めるに難くない。(尤も申請人の右不就業が果してその賃金請求権の存否、範囲に付如何なる消長を及ぼすべきやに付ては後に説示する。)

(3) ところで申請人本人訊問の結果によれば、申請人は堺市の工事場に勤務を命ぜられた昭和三十三年一月十七日当時既に従前の大阪市西成区津守町の居所から神戸造船所に程近い神戸市兵庫区和田崎町に転居していたことが疎明せられ、これによれば堺市における就業が神戸造船所における勤務に比し通勤に多大の時間と労力を費さねばならず不便であることは地理的に自ら明である。尤も堺市に勤務するに因り右の様な通勤上の不便に止らず、若し再び通勤に便利な場所に転居するとすれば前記神戸市における住居借入に付支出した権利金二万円の倍額を支出しなければならない不利益を蒙るとの申請人本人の供述は俄に首肯し難いところである。しかしながら証人藤岡布理彦の証言によれば、申請人は被申請人会社が昭和三十三年一月八日従前の居所から神戸造船所迄の通勤用定期乗車券を購入して申請人に交付した際定期乗車券のみは受領しながら既に神戸市に転居したこと、若くは近く転居の予定なる事実は一切之を申出でなかつたことが疎明せられるから、少くとも同月十七日申請人に対し堺市に勤務すべきことを命じた時までは被申請人会社は申請人が神戸市に転居した事実を全く知らなかつたものと推認せられ、之に反する疎明はない。申請人本人訊問の結果に依れば申請人が既に昭和三十二年十二月頃からその就業先たる神戸造船所瓦斯熔接部門において同僚等に神戸市内に移転の意向を有することを明にし、又同月二十四日に新に借入れる住居のため権利金二万円を支払つた事実を語つていたことが窺われるが、成立に争ない乙第十一号証を考え合わせれば右事実から直に被申請人会社が申請人の転居した事実を確知していたものとは到底認められない。即ち右乙第十一号証によれば被申請人会社の就業規則は従業員がその住居所を移転したときは先ず従業員側より会社にその旨届出るべきものと定められているところ、申請人が前記転居に付被申請人会社に対し何分の届出はしなかつたことが明であるから前記の様な通勤の不便を以て被申請人会社の故意に基く不利益な取扱となすことはできない。

三、(1) ところで前顕甲第三号証及び乙第十九号証並に証人今中一郎、沖富雄、及び出口義則の各証言、申請人本人訊問の結果を総合すれば、昭和三十二年十一月頃から被申請人会社の神戸造船所派遣従業員中に労働組合結成の気運が興り、電気熔接部門では小倉国男が、瓦斯熔接部門では申請人及び破魔豊候が、夫々組合結成の積極的態度を示し、同年十二月二日には従業員中組合結成に熱意を有する者が任意会合して話合つた結果既成の日本労働組合総同盟神船下請労働組合の規約に従い組合結成の運動を推進することになり、申請人は前記小倉の外数名と共に前記労働組合事務所に赴き規約を定めた書面を貰い受けてその頃これを従業員間に配布したこともあつたのであるが、偶々時期が年末を目前に控え神戸造船所内における他の下請同業者の従業員中には越年資金要求の動きが出ていたところから、被申請人会社従業員の間に於ても、労働組合の結成自体よりも先ず差当ては越年資金取得を確保すべきであるとの意向が強くなつたので、それまでは労働組合結成に積極的な意欲を示しその気運を推進して来た申請人及び前記小倉、破魔等は従業員の意向の大勢に順応して越年資金要求を当面の目標となし、組合の結成は新年に持越すことになつたが、越年資金として要求すべき金額に付電気熔接関係従業員の主たる意向は日給の二十日分を要求すべしというのであり、瓦斯工関係従業員の間には二十五日分を要求すべしとの意見が多かつたので、各関係部門別に代表者を出して協議の上全従業員の意見を調整して要求額を統一することになり十二月九日申請人及び破魔豊候は瓦斯工の代表に推薦され、電気関係従業員中より選出された山本康身職長、小倉国男等外職員たる沖富雄及び服部範行を加えた十名が協議の結果、要求額は基本日給十五日分とすることに決定し、但し会社に対しては明に要求提出の形式をとらず神戸出張所の長たる地位にある前記沖富雄を全従業員の代表として同人を通じて被申請人会社々長に対し、従業員は十五日分を越年資金として支給せられたい希望を有する旨伝えると共に、例年年末に酒肴料名義で支給せられて来た金額を下廻はることのないよう善処せられたい旨申入れることとしたが、その後沖富雄からは社長に右申入をなしたのに対する会社側の意向に付確然たる報告がなかつたので、十二月二十二日小倉国男が単身社長に面会し越年資金支給に関する会社側の意向を質し回答を求めたが、社長は何等具体的な回答を与えず、やがて小倉が単身社長に交渉した事実が知れ亘ると従業員の一部や職長の中には小倉が全従業員の代表を潜称したものとしてその進退措置を非難攻撃する動きを生ずる一方、申請人等従業員中の一群は小倉の右行動は畢竟先に代表として交渉方を一任された沖富雄の態度の不得要領なるに慊らず従業員の利益を念願するに出た正当な行動として之に同調する態度を示したが、同月二十五日に至り小倉は病気を理由に休職を命ぜられ同月二十六日以降の就労を禁止せられ、やがて同月三十日出勤率に従い最高を金二千円とする金員が酒肴料名義で殆どの従業員に支給せられた。ところで全従業員を通じ雇入れ後一年未満の者が比較的多く、それら就業一年未満の従業員の場合においては支給額は、四五百円に止つたものも居たが、支給以後右越年資金に関しては従業員間に少くとも表面上は格別の異議不満の声も出ずして年末年始の休業に入つたことが疎明せられ、更に成立に争ない甲第三号証、同乙第二号証の二、同検乙第一、二号証、証人藤岡布理彦、沖富雄、出口義則及び今中一郎の各証言並に申請人本人訊問の結果を総合して何れも真正に成立したものと認められる乙第二号証の一及び三並に甲第一号証に証人今中一郎及び沖富雄の各証言並に申請人本人訊問の結果を総合すれば、昭和三十三年一月に入るや神戸造船所における仕事始めの六日被申請人会社は破魔豊候に対し翌七日より堺市における工事現場に移転就業すべきことを命じ、次で同月九日朝小倉国男が神戸造船所門前附近で同人名義の『社外工の皆さん聞いて下さい。田中鉄工のやり方について』と題し、被申請人会社が小倉に対し同人が前記越年資金要求及び労働組合結成の運動をなしたことを理由として病気を口実に強制的に休職を命じ、組合結成を妨害弾圧した趣旨のガリ版刷文書を被申請人会社従業員外神戸造船所出入の労働者に配布したので、当日大阪本社より神戸造船所に来た被申請人会社総務関係職員たる藤岡布理彦は同日正午過ぎ、造船所構内第三船台下にあつて主として電気関係従業員が食事、休憩、脱衣の場所として使用している通称ハウスと呼ぶ一室に、平常は専ら他のハウスを使用している瓦斯関係従業員をも呼び集め、沖富雄及び服部範行等神戸出張所勤務の職員及び各職場の職長等も同席した席上従業員等が前記配布文書に記載せられた小倉国男の訴に賛同、同調しないことを表明すべきことを勧め、その方法に付前記藤岡若くは沖富雄等会社側の職員は各自の署名又は記名投票の方法に依るべきことを主張したが、申請人及び今中一郎等は署名若くは記名投票の方法に依ては真実の意思の表明が困難であつて自由なる意思の反映は到底望み得ない旨述べて反対したのを機に申請人の右主張に同調する者も多く、右意思の表明方法に関し論議沸騰して容易に決せず、そのうち昼食の休憩時間が経過して午後の作業開始の間際になつて辛じて一部の者の間においては、従業員等が前記文書の記載に賛同するものでなく之に関知しない旨を職長において文書に作成し之に署名する方法によるべきことに一致したが、忽ちにして午後の作業開始の時間になつたため同所に集合していた全員には必ずしも徹底せず、やがて各作業場に四散したので未署名の者には午後の作業時間中に職長が署名を求めることとし、電気熔接の作業をしていた今中一郎には被申請人会社神戸出張所における会計事務担当の職員服部範行が署名簿を持参して署名を求めたが今中は之を拒否し、瓦斯工である申請人の許には岩崎職長が署名を求めに来たので、申請人は小倉の前記文書の配布が飽迄同人の独自の判断に基くものであつて、申請人が之に付共謀しているものでないことを表明するにすぎないという趣旨を明にして之に署名をしたこと、並に右今中一郎が事前に何等の通告もなく同月十七日突如堺の工事場に移転就業すべき旨命ぜられたことが疎明せられ、証人藤岡布理彦、出口義則の各証言並に前顕乙第十八号証及び第十九号証の供述記載中右事実に反する証言及び記載は俄に信用できない。

そして神戸造船所における被申請人会社従業員の間における労働組合結成の動き、昭和三十二年々末における越年資金の要求並に小倉国男の配布した文書に関する前認定の諸事実の推移に徴すれば、申請人に対し被申請人会社が堺市における工事現場に就業すべきことを命じた真意が、労働組合結成の気運を確固たる意識を以て積極的に推進するの態度を明にして来た申請人をその場所より排除することにより昭和三十二年々末から新年に持越されていた神戸造船所従業員の労働組合の結成又は既存の労働組合への加入を阻止しその意図を挫折せしめんとするにあつたことが推認され、之に反する証人藤岡布理彦、出口義則、沖富雄の各証言はいずれも到底信用することができず、被申請人代表者本人訊問の結果も右判断を左右するに足らない。

(2) ところで労働関係において、一定の事業場における多数未組織の勤労者の間に一般的且漠然たる団結への気運が生じている際、その気運を更に推進して遂に一個の労働組合結成を実現し或は既存の組合への個々の加入により結局全従業員を一個の組織に結集せしむる結果を生ずるためには、明確、強固たる団結実現への意思と熱意と指導力を持つた少数の勤労者の行動を媒介として必要とするものであつて、若し斯る団結への中核たるべき少数の者を中途にして当該事業場より排除して他に之を移すならば漸くにして形を整えやがて強固に定まらんとする前記の様な気運はやがて雲散霧消するか、そうでなくても遂には漫然たる一般的希望の域に止るべきことは団体一般の構成、出現の経過における自然の理であつて吾人の経験則上疑の余地のないところであるから、使用者が従業労働者間に生じた斯る事情を認識しながら尚前記の意味における少数者たる勤労者を他の事業場に移転せしめ事実上従来の事業場への出入を不可能若くは困難ならしめるならば、仮に新しい職場における就労が当該勤労者個人にとつては給与等の収入が増加しその他経済的、主観的に明に利益をもたらし、所謂栄転に該当する場合においても原則としては爾余の勤労者各個に保障せられてある団結権の行使、実現を敢て阻害するものとして違法というべきであり、ただ右の違法性が阻却せられる場合としては、たとえば当該勤労者がその配置転換に同意しているとか当該勤労者を新しく配置転換させることが当該企業の維持若くは営業上の利益取得のために絶対的に必要であつて、他の者を以て之に代替することが不可能または著しく困難であるとかいつた様な特段の事情のある場合に限るものと解するのが相当である。そして右の違法は爾余の一般勤労者のみならず配置転換せられた当該勤労者においても亦之を主張しうるものというべきである。

そうすると以上に認定した諸事実の程度を以てしては申請人に対する本件配置転換について右に説示したような特別の事情があるものと到底認められないのであつて、むしろ前記認定の事実関係の下においてなされた申請人に対する本件配置転換はそれが所謂転勤であるか否かの区別に関せず違法無効の行為となすに難くないところである。

四、(1) 被申請人は前記越年資金の要求或は小倉国男が配布したビラの趣旨に賛同する如き言動をなしたことはいずれも本来組合活動とならず、仮に組合活動としても所謂御用組合的活動として法の保護に値せずと主張し、また神戸造船所に就労する下請業者の従業員は唯既存の前記下請労働組合に加入するのほか之と別個に自ら独立に新なる労働組合を結成するを得ないものであるから申請人にはそもそも労働組合結成の運動をなすべき余地はないと主張するが、被申請人会社の申請人に対する前記配置転換を以て違法無効となす所以は前示の如く被申請人会社がこれによりその神戸造船所に就労する従業員(申請人をも含めて)の全員が各自享有する団結権の行使を故意に阻害した点にあるのであつて、越年資金要求とか前記小倉国男の配布したビラに賛意を表明したとかいうような個々の事象を捉えて組合活動となし、該活動に対し直接妨害、介入、支配を加えたとか若くは該活動に対する報復としてなしたということを理由として右配置転換の措置の効力を否定するものではないし、又労働組合法第七条第一号に所謂『労働組合結成』なる語を常に必ず新に別個独立の労働組合を結成するの意味に限定して使用し、また左様に解しなければならない合理的理由はないのであつて、未組織労働者が既存の職種別又は産業別の労働組合に各自の団結権の行使として加入し、その加入を一定範囲の労働者全員に付実現せしめることにより一定範囲の労働者全員又はその大多数をその範囲に関する限りにおいては一個の組織に結集団結せしむるの結果を実現する場合をも含めて之を『労働組合』の結成と呼んでも別段の支障があるものとは解せられない。

(2) また被申請人会社は申請人が労働組合結成に関し署名を集めたとせば就業時間内になされたものと推認されるから正当な組合活動になり得ないというが申請人がその就業時間中に労働組合結成の署名を集めたことを認むべき疎明資料はないのみならず、先に説示した如く被申請人会社が申請人の越年資金要求とか、署名蒐集とかの個別的具体的行為又は事象のみを捉えて申請人が斯る行為に出たことを理由として之に対する復讐として申請人個人のみに対し不利益を課したものとして前記配置転換を違法となすものではないから右主張も亦採用の限りでない。

五、被申請人会社の申請人に対する本件配置転換命令が違法無効なることは以上により疎明されたものと考えるのであるが、右無効は将来本案判決を以て確定されるまでは申請人より直接被申請人会社に対しこれを主張し、従つて堺市の工事場における不就労を正当である旨主張し得るかどうか確実ではないのであるから、申請人と被申請人会社間の労働契約関係自体においては、堺市の工事場に就労しないことにより申請人は被申請人会社に対し義務不履行の責を負わぬものとは断定できず、申請人において右義務不履行を避けんとすれば先ず現実に堺市の工事場に出勤就労するほかなく、若し堺に出勤するとせば、前示の様に配置転換に当つて被申請人会社が申請人の住居が当時尚堺市に通勤便利な大阪市西成区津守町にあるものと考えていたのであつて、これについては既に神戸市内に転居していたのにその届出を怠つていた申請人側に手落なしとしないのであるけれども、それはさておき免も角現に神戸市兵庫区に居住している申請人にとつて堺市の工事場に就労することは日々現実に遠距離通勤のための不便と苦痛を忍ばねばならないことになるのであるし、又本件配置転換の違法性の原因が前示の様に神戸造船所において被申請人会社従業員間の労働組合結成の気運を指導推進せんとし、或は現に昭和三十二年々末における越年資金要求運動に積極的に参画した申請人の活動を将来に向つて排除するにより従業員の団結を阻害せんとの意図に出たところにある以上、被申請人会社の斯る違法な行為による侵害利益は本案判決確定までの間においては、申請人、被申請人会社間の従前の労働関係の原状を維持するによつてのみその保全を全うし得べきものであるから、申請人の蒙るべき前記の様な労働契約関係における不利益な法律状態及び現実の不便苦痛を避け、且申請人、被申請人会社間の労働関係の原状回復維持の目的を達するためには本件配置転換を命ずる意思表示の効力を本案判決確定に至るまで仮に停止しておく必要の存することは明というべきである。

六、次にまた申請人が拒否した堺市所在の工事場における就労は被申請人会社が申請人に対する違法な不利益な取扱としてなした無効の配置転換に基くものであること前説示のとおりであつて、しかも申請人が右配置転換の措置により従前の稼働場所たる神戸造船所において就労する途も会社の拒否により閉ざされていることが証人藤岡布理彦の証言及び申請人本人訊問の結果により一応認められるのであるから、申請人の休業は専ら被申請人会社の責に帰すべき事由に基くものというべきであり、従つて被申請人会社側より申請人が堺市の現場に就労すべくまた就業し得べきことを主張することは許されないと解すべきであるから、被申請人会社は申請人の休業に付その間の双務契約たる労働契約上全部の危険を負担すべく、従つて申請人の休業期間に対しても被申請人会社は賃金全額の支払義務ありというべきであつて、被申請人援用の労基法第二十六条は右危険負担の範囲を制限する趣旨でなく、右負担すべき危険の内平均賃金の百分の六十までの範囲に付ては特に罰則(労基法第百二十条)を設けて使用者にその支払を強制し、以て労働者の最低生活を保障せんとの政策的規定であると解すべきであるから、被申請人会社は申請人に対し前記配置転換により申請人が休業を始めた昭和三十三年一月十九日以降平均賃金相当額を支払うべき義務あるところ、申請人が神戸造船所瓦斯工として受くべき平均賃金の額が一ケ月税金を差引いて金一万九千円であり、被申請人会社においては賃金は毎月十日に前月一日以降同月末日迄の分を支払う定めであることは当事者間に争なく、申請人本人訊問の結果によれば、申請人は未だ独身者であるが、その被申請人会社より受けている右給与は自らの生活費に充てるだけに止らず、その内より毎月香川県の実家に送金して家族の生活費の補助をなさねばならぬ立場にあること、即ち実家は七反余の農地を耕作する農家であり家族は両親と弟妹五人(内妹一人が家事を手伝うのみで、他は通学中)とであるが、父は目下足を負傷して働くことができないため他より人を雇い入れなければ到底農耕を遂行することができず、家計維持のためには申請人からの送金を必要としていること、申請人は前記神戸市内に転居するに際して多額の出費をなし、しかも配置転換を命ぜられて以後賃金の支払を受けないため既に貯金も費い果し経済的に極めて窮迫した生活を余儀なくせられていることが疎明せられるから、このまま全く右給与を受けられない状態が続いては本案判決確定まで到底自らの生活の維持と右送金を維持するを得ないものと認められるが前認定のように申請人が独身であること、及び物価指数若くは現在の一般国民生活の経済的水準を考えると右のような申請人の必要に応ずるためには前記平均賃金額の内金一万三千円の支払を受けるを以て一応足りると解せられ、必ずその全額の取得を要するものと認むべき疎明資料はないから本件賃金仮払を命ずる仮処分命令申請は平均賃金の内金一万三千円の限度においてはその必要性においても欠けるところはないものと認められる。

被申請人は本件仮処分の必要性に付申請人は堺の工事に就業し得べく且就業すれば従来と同様の賃金を得べきに拘らず自ら此の利益を抛棄しているものであるから仮処分の必要性なしと主張するが、被申請人会社は自ら申請人において堺における工事に就業すべきことを主張し得ず、申請人の休業の責を申請人に帰せしめ得ないこと前説明の通りであるから右主張も亦採用できない。

七、仍て本案判決確定に至るまで仮に被申請人会社が昭和三十三年一月十七日申請人に対しなした配置転換の意思表示の効力を停止し且つ被申請人会社が申請人に対し既に履行期の到来した昭和三十三年一月十九日以降同年七月末日迄の賃金の内金として一ケ月金一万三千円の割合を以て算出した金員及び同年八月一日以降の賃金の内金として同年九月以降毎月十日金一万三千円ずつを仮に支払うべき旨命ずることとし、本件仮処分申請は右の限度においてその理由ありと認め、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田治一郎 日野達蔵 戸根住夫)

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